「頭痛が痛い」
誰もが一度は聞いたことがあるこのフレーズは、日本語の“おかしさ”を象徴する表現として有名です。

意味としては「頭が痛い」というだけなのに、なぜか「痛い」を重ねてしまう。
その瞬間、私たちの脳は「わかるんだけど、なんか変だ!」と違和感を覚え、ツッコミたくなるのです。
そしてこの構造は、近年ネットで話題をさらった「小泉進次郎構文」と驚くほど似ています。
自明なことをわざわざ繰り返し、意味があるようで中身がない――
まさに「頭痛が痛い」は元祖・進次郎構文だと言えるのです。
本記事では、そんな日本語の重言の面白さを大喜利的に楽しみながら、「頭痛が痛い」と進次郎構文の意外な共通点を探っていきます。
頭痛が痛い 小泉進次郎構文とは?重言が生む日本語の面白さ
「頭痛が痛い」という言葉は、単なる間違いにとどまらず、日本語が持つ不思議さやユーモアを体現しています。
しかも、その構造は「小泉進次郎構文」と呼ばれる政治家の名言(迷言?)とそっくり。
ここからは、重言の仕組みや笑える言葉たちを紹介しつつ、日本語がいかに“お笑いの宝庫”であるかを見ていきましょう。
頭痛が痛い=重言の代表例!なぜ間違いとされるのか
「頭痛が痛い」とは、国語的にいうと“重言(じゅうげん)”の代表例です。
重言とは、すでに含まれている意味をさらに繰り返す表現のこと。
「頭痛」という言葉には「頭が痛む」という意味が込められています。
そこに改めて「痛い」を重ねると、「頭が痛いことが痛い」という二重構造になるのです。
普通なら冗長で不自然とされますが、面白いのは“意味はしっかり伝わる”という点。
日常会話で「頭痛が痛い」と言われても、聞き手は混乱せず「なるほど、相当痛いんだな」と理解します。
つまり、正しくはないけれど間違いとも言い切れない絶妙な表現なのです。
この“妙な正しさ”が笑いを呼び、ネットでいじられ続けてきた理由でもあります。
日本語に潜む「重複表現」一覧
「頭痛が痛い」だけでなく、日本語には思わずツッコミたくなる重複表現がゴロゴロあります。
例えば、
「後で後悔する」「危険が危ない」「一番最後」「今現在」
など。
すでに言葉の中に含まれている意味をわざわざ足してしまうことで、聞き手の脳は「いや、それ当たり前だろ!」と反応するのです。
他にも「馬から落馬」「アメリカに渡米」「元旦の朝」「過半数を超える」など、気をつけて探せば身近に無数の“頭痛が痛い系ワード”が潜んでいます。
これらは文法的には誤用とされる一方で、会話や広告コピーでは「強調」や「リズム感」としてあえて使われることも多いのが面白いところ。
つまり「頭痛が痛い」は決して孤独ではなく、日本語全体が同じようなクセを抱えているのです。
頭痛が痛いと小泉進次郎構文が似ている理由【A=Aの構図】
「頭痛が痛い」と「小泉進次郎構文」の共通点は、どちらも“自明のことを繰り返すA=A型の構図”にあると言えます。
例えば進次郎氏の「今のままではいけないと思います。だからこそ日本は今のままではいけないと思っている」という名言。

論理的に考えると「日本は今のままではいけない=今のままではいけない」なので、情報量はゼロ。
頭痛が痛いも同じで、「頭痛=頭が痛い」なので「頭が痛いが痛い」という自己言及的な形になっています。
つまり「頭痛が痛い」は、知らず知らずのうちに進次郎構文の原型を先取りしていたとも言えるのです。
後で後悔する?危険が危ない?SNSで広まる笑える誤用
ネット文化が発展すると、「頭痛が痛い系ワード」はSNSで格好のネタにされてきました。
「危険が危ない」
「違和感を感じる」
「後で後悔する」
といった表現は、Twitterや大喜利掲示板でたびたび話題になります。
特に「危険が危ない」はニュース記事の見出しなどでも使われることがあり、「そりゃ危険は危ないよ!」と総ツッコミが入るのがお決まりの流れ。
また「後で後悔する」も、冷静に考えれば“後悔”にすでに「後」のニュアンスが含まれているので二重構造ですが、口語では自然に使われています。
こうした表現は“間違いだけど意味は通じる”というグレーゾーンにあり、そのアンバランスさが人々の笑いを誘っているのです。
大喜利職人が考える「新・頭痛が痛い系ことば」ベスト10
SNSや大喜利界隈では、「頭痛が痛い」を超える爆笑ワードを生み出す遊びが盛んです。
たとえば、「馬に乗馬する」「山に登山した」「茹でたゆで卵」「今朝の朝刊」「食事を食べる」などは定番のネタ。
さらに大喜利職人たちは「ヤフーでググる」「イメージ画像」「疾患を患う」「猛烈に激しい」「給料を減給する」といった現代風の言葉遊びを次々と発掘しています。
これらは真面目に考えるとおかしいのですが、日常会話にまぎれてしまえばスルーされがち。
その“気づいた瞬間に笑える”感覚こそが、大喜利的面白さであり、日本語の奥深さです。
そして「頭痛が痛い」は、こうした遊びの元祖的存在として、今もなお愛され続けているのです。
なぜ「頭痛が痛い」は元祖・小泉進次郎構文だと言えるのか
ここからは「頭痛が痛い」と「小泉進次郎構文」の関係を掘り下げます。
どちらも“意味はわかるけど内容が薄い”という特性を持ち、思わず笑ってしまう点で共通しています。
言葉が持つユーモア性や、ネット文化との親和性を考えると、「頭痛が痛い」はまさに元祖・進次郎構文と呼ぶにふさわしい存在なのです。
「自明すぎて意味がない」言葉に人はなぜ笑ってしまうのか
人が「頭痛が痛い」や「進次郎構文」を聞いて笑ってしまうのは、それが“自明すぎる”からです。
論理的に考えれば、新しい情報をまったく与えていないのに、あたかも大発見を語っているような響きがある。
このギャップがツッコミ心をくすぐるのです。
言葉は本来「情報を伝える」ためのものですが、過剰に説明したり、同じ意味を繰り返すと逆にユーモラスに響きます。
例えば「水は濡れている」「火は燃えている」と言われれば「そりゃそうだろ!」と笑いが起こるのと同じ理屈です。
つまり、「自明なのに言う」という行為そのものが、私たちの脳をくすぐる“笑いのスイッチ”になっているのです。
頭痛が痛い=意味は伝わるのにツッコミどころ満載な理由
「頭痛が痛い」という表現は、意味としては何も間違っていません。
聞き手は「この人は頭がとても痛いのだ」と理解できるからです。
しかし、そのプロセスの中で「痛みを示す言葉を二度重ねているな」と無意識に気づいてしまう。
これが“笑い”や“違和感”につながります。
つまり、この言葉は「正しいのに不自然」「意味はわかるのに余計」といった二重の顔を持っているのです。
この“ズレ”が人の心を引っかけ、「頭痛が痛い」が長く語り継がれている理由です。
単なる誤用で終わらず、むしろユーモアを持つ文化資産になった点で、他の重言とは一線を画していると言えるでしょう。
小泉進次郎構文との共通点:意味があるようで中身がない文章
小泉進次郎構文が愛される理由も、「頭痛が痛い」と同じです。
一見、真剣で立派な言葉のように聞こえるのに、内容をよく考えると何も言っていない。
例えば「今のままではいけないと思います。だからこそ日本は今のままではいけないと思っている」という発言。
情報としては「今のままではいけない」の一点しかなく、繰り返しでしかありません。
「頭痛が痛い」も同じで、繰り返しの中身を膨らませているように見せているだけ。
つまり両者は“言葉が堂々巡りする無限ループ”を作り出しているのです。
この不思議なリズム感こそが、進次郎構文と頭痛が痛いを結びつける最大の共通点なのです。
大喜利文化が「頭痛が痛い」を再発見させた!ネット的広がり方
「頭痛が痛い」が再び脚光を浴びたのは、大喜利文化とSNSの力です。
Twitterや掲示板では「危険が危ない」「後で後悔する」といった類語が次々と投稿され、まとめサイトやバズ記事で取り上げられました。
大喜利的な発想は“いかに面白い重言を見つけるか”という遊びに発展し、「頭痛が痛い」はその象徴的存在に。
さらに「小泉進次郎構文」が登場すると、人々は「あ、これって頭痛が痛いと同じじゃん!」とつなげて楽しむようになりました。
つまり、大喜利文化が「頭痛が痛い」を“ネタの殿堂”に押し上げ、小泉進次郎構文と並べることで、より強固なネットミームに成長させたのです。
現代人の日本語感覚とユーモアセンスが作り出す「進次郎的日本語」
最後に注目したいのは、「頭痛が痛い」や「進次郎構文」を笑える現代人の日本語感覚です。
言葉の正誤だけでなく、「意味は通じるけどどこかおかしい」という微妙なズレを楽しむセンスが、多くの人に共有されています。
これは単なる誤用の指摘ではなく、“日本語そのものを遊ぶ”文化といえるでしょう。
例えば「イメージ画像」「ヤフーでググる」といった表現に、誰もがすぐ反応できるのは、言葉のユーモラスな側面を受け入れる土壌があるからです。
そう考えると、「頭痛が痛い」は現代人のユーモア感覚を先取りし、「進次郎的日本語」としての原点を築いたとも言えるのです。
総括:「頭痛が痛い」はある意味で元祖・小泉進次郎構文まとめ
記事のまとめです。
- 「頭痛が痛い」は日本語の重言(意味の重複表現)の代表例で、誤用だが意味は通じるため笑いを生む。
- 日本語には他にも「後で後悔する」「危険が危ない」「今現在」など、重複表現が数多く存在する。
- 「頭痛が痛い」は “A=A”の構図を持ち、情報を繰り返すだけで新しい意味を生まない点で「小泉進次郎構文」と共通する。
- SNSや大喜利文化によって「頭痛が痛い系ワード」は再び注目され、ネットミームとして定着した。
- 現代人は「意味は通じるけどおかしい」というズレを楽しむユーモア感覚を持ち、日本語そのものを“遊ぶ文化”が広がっている。
- 以上の点から、「頭痛が痛い」は 元祖・小泉進次郎構文 と呼べる存在である。



